長く医療を続けていくと、新しい医学知識や技術についていけなくなる危険がある。
もちろん個人の努力で解決可能であるが、医局や病院という組織は間接的であるにしろ、医者をコントロールし技術的にも一定レベルを保つ機能を果たしてきた。
この点がフリーター医者の問題であろう。
本当に高度な技術を身につければ、腕一本で渡世することも可能だ。
内視鏡一本で世界中を駆けめぐって仕事をしている医者もいるので、フリーター医者がすべて不利というわけでもない。
医者も別歳を超えれば、肉体的にも頭脳的にも限界が見えてくる。
だから、医局に属している別歳の医者とフリーで仕事をしてきた別歳の医者を比べて、どちらの医療技術が上かは、結局、当人がどれだけ努力したかに帰結することになる。
フリーター医者が増える最大の問題は、医者の適正配置、医療過疎地への派遣、救急医療での医者不足などを十分に捉えきれなくなることであろう。
いずれにしても、医療の労働条件の改善が行われない限り、ますますフリーター医者は増えていくのは間違いない。
医療がここまで崩壊し、厚生労働省はようやく重い腰を上げて、医者の確保を考えはじめている。
減ってしまった医者をすぐに増やすことはできない。
医療の問題は厚生労働省だけの問題ではなく、国策として考えていくべき問題である。
道路や公共施設につぎ込む資金を少しでも医療に回すことができれば、どれだけ日本の医療も改善されるだろうか。
医療経済学的な視点から見れば、医療費抑制は不可能であることは明らかである。
にもかかわらず、いまだに、医療費抑制という政策を採り続け、病院から医者がいなくなり、医者も救命救急のような大変な仕事をやらなくなって、安心してお産もできない国になってしまった。
このまま医療費抑制を主眼においた医療政策を行っていけば、イギリスのような医療崩国は医療や介護を放棄しはじめてしまったともいえるだろう。
医者の収入格差前述してきたような医療の厳しい現状があるにもかかわらず、医学部の受験希望者は相変わらず多い。
他の学部は少子化の影響で受験者数は減っているが、医学部だけは2005年に受験者数が3万人を超えた。
全国の医学部の定員総数は7700である。
受験生にとってはかなり狭き門であるし、合格には高い偏差値が要求される。
また、私立大学の医学部では、高い入学金や学費が問題となる。
それもあってか、医学部合格者の8割は親が医者である。
医学部の受験希望者が多いのはなぜなのか。
その理由は、医者の現状が厳しいといっても、他の職業に比べればまだまだ安定した職種であり、親が医者なら家業を継がせたいと思うからなのだろう。
裏返せば、医者の将来にまだ希望が見えるともいえる。
一般的に医学部を目指す理由は、医者が経済的に安定し、社会的地位も高いと思われていることが基本にある。
たしかに、職業別に年収をみれば、年収1億円以上の職業のうち、第1位は自営業だが、第2位に医者が入っている。
医療の厳しい現状とは裏腹にまだまだ稼げる職業であることに間違いはない。
ただ、1億円以上稼ぎ出す医者は特殊な例であり、都会の開業医や勤務医などは、一般的に思われている収入よりも低い。
医学部受験生はそんな実態まで考えることはなく受験をしている。
「高校での成績がいいから医学部へ行く」という構図は変わっていない。
いちばん成績のいい学生がT医学部重科3類)へ行くという状況にまったく変化がないのだ。
医者という職業の現状を知り、その使命感などを感じ、医者という職業への自身の適性を考えた上で、医学部を受験する形にはなっていない。
もちろん医学部の入試では面接も行っているが、いくら面接に時間をかけても、医者としての適性まで知ることは難しい。
医者になるためにはどんな資質が要求されるのか。
そのことが受験の際に問題とされることはない。
進学校から医学部へ行くときは、成績がいいから医学部を薦めるということがいまだに行われているし、予備校にとっては、T医学部を筆頭に何人が医学部に合格したかが、その評価の基準になる。
はたして受験戦争に勝ち抜いた高校生が、医者になるべきなのだろうか。
なぜ彼らは医者を目指すのだろうか。
本音の部分は、職業として安定し、社会的地位が高い、高収入である、人から感謝されるなどであろう。
その多くは幻想であり、たとえ彼らが大きな志をもって医学部に入っても、それを実現する可能性は非常に低い。
いままでは医者になれば経済的には保証されていたが、これからも同じ状況が続くとはいえない。
いまから医学部に進み、医者として一人前になる頃には、医者の経済状況は大きく変わっているはずだ。
子供の頃は、「お医者さんになって難病を治して、世の中のために役立ちたい」と思うかもしれない。
新しい治療薬を開発して世の中のために役立ちたいと思うなら、今の日本の医学部ではその実現はほとんど不可能に近い。
もしその夢を本当に実現したいなら、もっと基礎的な学科へ進むべきであろう。
医学部を推薦する高校側が、医学部の現状を知らないために、誤った進学指導をしていることが多い。
医学部に多くの卒業生を送り出している高校では、医者から直接話を聞く機会を設け、物理や化学や生物だけでなく、天文学などもっとひろく自然科学を教えている。
救急蘇生のような知識まで体験学習させているところもある。
高校生のときから、医者という職業のすばらしさだけを教えていくと、大きな間違いをつくり出してしまう。
医者という職業の幻想をつくり出して、それをモチベーションとして医学部受験に向かわせてしまうと、医学部に入ってから大きな違和感である。
医者になってから大きな失望感をつくり出す危険がある。
医学生の頃には、医学をもっと広い学問ととらえ、人間形成ができるような教育、あるいは患者を人間としてとらえられる広い視点が持てる教育をすべきだろう。
医局崩壊とはいえ、まだまだ教授は絶大な権力をもっている。
ゆえに、志高い若い医師たちの希望は、研修医になった頃に一瞬にして失望と変わる可能性のほうが高い。
閉鎖した医療の世界を知るとき、大きな絶望感を感じるだろう。
閉鎖した医学界という組織のなかでは、立ち回りがうまい人間が生き残ることができる。
患者から感謝され、圧倒的な人気を誇り、臨床技術が優れていたとしても、いまだに評価の対象となることはほとんどない。
意欲のある若い医者たちの志は、医局という複雑な人間関係のなかに埋もれてしまう。
いまも多くの若い医者たちは、医局の閉鎖性のなかで失望し、あるいは権力闘争のなかに埋もれている。
唯一、自分の志を貫くには、アメリカへ行くしかない。
アメリカの健康保険制度は問題が多いことは前述したが、優秀な医者にとっては、アメリカは学閥などにとらわれることなく業績を評価してもらえる世界である。
事実、多くの有能な日本人医師が、アメリカの医学部の教授となって活躍している。
自分に自信があり、能力を試したいなら、やはりアメリカの医療の世界で働くべきだろう。
医者になって医療の世界に入ってみれば、その強大な組織に絶望するかもしれない。
医学部に残って研究者になるなら、教授になるしか道はない。
ポストの数から考えてもその可能性は低い。
医局にいれば次第にそのことがわかってくる。
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